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History

2019/03/11 15:02

 薄荷(ハッカ)はシソ科の多年生植物で、日本に自生するミントは和種ハッカ、ペパーミントやスペアミントなどハーブとして知られるものは洋種ハッカと呼ばれています。薄荷の歴史は古く、今から5,000年以前のエジプト文明の頃、すでに富豪の香水風呂に用いられていました。日本でも野生のものがあり、平安時代に「波加」といわれ山菜として食されていましたが、やがて薬物としての利用が盛んとなりました。本格的に栽培されるようになったのは岡山出身の僧・栄西が1191年(建久2年)に中国からお茶とともに持ち帰ったのがきっかけだといわれています。


 薄荷草の栽培の記録が見えるのは、江戸期18世紀に入ってからです。19世紀に入り全国的に行われるようになりましたが、当時はまだ水蒸気蒸留によって植物精油を採取する方法は無く、葉を乾燥させて生薬として使用していました。1817年(文化14年)には備中門田村(現 岡山県総社市)の秋山熊太郎が薄荷草を水蒸気で蒸留して植物精油として産業化し、取卸油を採取して薬種商や菓子商で利益を上げたと伝えられています。

 明治期に入り、海外技術の導入から水蒸気蒸留の手法が明らかとなり、薄荷栽培も中部から北海道まで広がって行きました。1873年(明治6年)には、薄荷取卸油が初めてロンドンへ輸出されるなど全国において薄荷栽培が盛んに行われていました。岡山県においても、1936年(昭和11年)には倉敷市西富井に全国で2ヵ所しかない薄荷の試験場ができたことから、昭和20年代には薄荷の出荷量で北海道・北見に次ぐ全国第2位を誇っていました。